2007年外国人による日本語弁論大会 発表原稿
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「一番から0番へ」

ジョ カク
中国


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 一番、一番、仲間で一番、クラスで一番、学校で一番。
一番、一番、成績一番、将来は出世間違いなし。だって一番なんだから。

どうですか皆さん、こんな私、羨ましいでしょう?

これが中国での、私の価値観でした。中国の価値観を漢字一字でまとめると、それは「いち」。「一」は一番の一、私が日本へ留学するまでの18年間の人生をつらぬく価値観も、「いち」。なんと幼稚園の時から、どんなことでも、NO.1を目指しなさいという教育を受けてきました。周りに優秀な人が出てくると、私はあの人を追いかけようとこっそり努力します。つらくなんかありません。絶え間なく戦っきたので、私は名門の中学、高校、ついには京都大学にまで合格したのです。

さあ、今度は日本だ。日本でも一番になろう。私は日本の大学でも競争する気満々でした。ところが様子がおかしいのです。私はどうやら日本人学生からは競争相手とみなされていないようなのです。それどころか、「留学生って大変ですね。」と言われるのです。私がそんなに大変そうに見えるのでしょうか。その言葉を聞くと、悪意がないとわかっていても、見下されたような感じがして、その頃の私はなかなかその言葉が好きになれませんでした。そこで私は決心しました。よし、まずはトップレベルの成績を取ろう。そして奨学金をもらって、皆に私は弱い立場の人間ではないことを証明しよう。そこで、血のにじむような努力をして、全優をとって、奨学金も一番最初に獲得しました。ところが日本社会の不思議なところです。こんなに頑張っているのに、なぜか尊敬されていません。それどころか、どうも、まわりに溶け込んでいないようなのです。一体日本では、人の評価基準は何なんだろう・・・。

そんなとき、指導教官の梅田先生が声をかけてくださいました。「徐くん、ちょっと研究室においで。」これは、その時の先生の話です。「徐鶴、君、最近忙しそうだねえ。アルバイトも頑張っているみたいだねえ。でも君知ってる?人はね、二つのものさしで計るものなんだよ。一つは、外のものさしだよ。もう一つは、自分のこころのものさしだよ。外のものさしって、君の成績とかお金とか、外見とかだよねえ。だけど、こころのものさしは、自分自身のものさしだよ。どんな人間になりたいのか、どんなふうに人の役にたっているか、そういうことが価値を決めるんだよ。人って、一人で生きているわけじゃないさあ。」

先生の話を、私は長いこと考え続けています。なぜ日本へ留学してきたのか、自分はどういう評価を得たいのか。私は日本へ留学を決めたとき、留学は将来中国で出世するためだと思っていました。留学すれば、日本語とか、学歴とか、何でも手に入れることができる。要するに、勝ち組になるためでした。でも、物事はすべて個人の勝ち負けで判断できるかなあ。
 最近の日本では、ボランティア活動が盛んです。でも、お金をもらわずに、人のためになにかをするという考え方は、中国では、なかなか理解することができません。でも、梅田先生の言葉が心に引っかかって、実は去年、私はレオクラブというボランティア活動に加わりました。街頭で献血の呼びかけをしたり、車いすバスケットをしたりしました。でも、正直に言うと、私は指示されたことをやっただけで、役に立っているかどうか、わかりません。本当は、ボランティア精神というものについても、あまりわかっていないのです。

 でも、ボランティア活動をしていると、思うことがあります。仲間の行動を見ていると、あの「納豆」を思い出すのです。納豆という食べ物は面白いですね。一粒一粒はばらばらなのに、実は全部くっついていて、箸でつまむと、いつまでもいつまでーもほそーい糸でつながっていて、一向に切れません。まるで日本人みたいです。私の目には、日本社会も、この納豆のような糸でうまくつながっているように見えます。人は、一人で生きているわけではなくて、ほかの人とどこかでつながっているという感覚、それは、「とにかく一番」という価値観にはない、安心感のある生活。

私は、まだ考えています。日本へ留学してきた私たちは、日本で色々なことを学んだと思っています。何を学んだのか、と聞かれれば、「専門知識、それから日本語、それから日本事情」というふうに答えるでしょう。そして、それだけ知識があれば、競争に有利だと考えるでしょう。でもそれは、外のものさしで見ただけのことです。こころのものさしで見れば、無意識に身に付いた何かがあるのではないでしょうか。それが、おそらく日本社会のほそーいほそーい納豆の糸です。たぶん、みんな、自覚はしていないのだと思います。でも、留学生ならだれでも経験したことがあるはずなのです。日本人が何気ないことで思いやりをもって接してくれたことや、私たちを、勝ち負けとは関係ない、ほそーい糸でつないでくれたことを。

そうはいっても、「じゃあ、君は将来何をしたいの。」と聞かれれば、やはり私は今風の中国人ですから、「将来は起業して経営者になって。」というようなことをすぐに考えます。でも、どんな会社かと聞かれれば、「そうだなあ、まずは、留学生にも役立つ生活情報誌や、就職情報誌というのはどうかな。いろいろな言語のバージョンがあって、日本人にとっても面白いものなら、需要があるかも。」というふうに思いつく自分がいて、ふと我に帰って、いつの間に、私は「ひとの役にたつ」なんて考えるようになったのだろうと思います。3年前の私は、あれほど「一番」「一番」と思い詰めていたのに、その姿を思い出すと、ちょっと恥ずかしくて可笑しくて、思わず小さい声で言いたくなってしまいます。「人との競争じゃないんだよ。」そして、こう続けます。「わたしは、0番を目指すよ。」

私は来年、東京の大学院に進学することになりました。だからでしょうか、この秋は、「京都の街や人っていいなあ」と思うことが、ことさら多いように思います。昔と今がうまく溶け合っている京都のよさ、人のあたたかさが、今頃になって、少しずつ見えるようになってきたのかもしれません。たった四年で人に不思議な変化を与える京都の街に、そして、四年間ずっと、さりげなく細い糸をつなげてくれていた京都の方々に、私は、この場を借りて、心からお礼を申し上げたいと思っています。

本当にありがとうございました。


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