2008年外国人による日本語弁論大会 発表原稿
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「負けて勝つ」 リュウ ヒ
中国
  日本に来て初めての夜のことでした。友達と一緒に食べ物を買いに行きました。信号がない交差点を渡ろうとした時に右から車が来ていました。
私たちはすぐ立ち止まって車を先に通らせようとしました。
でも車もほぼ同時に止まり、私たちの前にきちんと通り道をあけてくれました。
私は3秒ほど戸惑いました。
「なんで車がさっさと飛んでいかないの?私がちゃんと車に注意して先に止まっているじゃないか?」と。
その時、まさか車は歩行者に道を譲ってくれるとは思いませんでした。
なぜかというと、中国にいた時、たとえ信号がある交差点であっても、私は左右をしっかり確認してから慌てて道を渡っていたからです。

 普通、車に乗る人は優越感を持っています。
赤信号でもないのに、ゆっくり歩いた歩行者に道を譲るとき、自分が負けたという気持ちになるでしょう。
車に乗っているのに、なかなかスピードを出せないとき、悔しい気持ちになるでしょう。中国では、そう思う人はたくさんいます。
ですから、車に乗ると、ついに調子に乗ってスピードを出しすぎ歩行者をぶつかる事故が非常に多いです。
確かに歩行者に負けてはいませんが、自分の人生を壊してしまうのです。一方日本の場合、車は一瞬負けたと感じがするかもしれませんが、一生の安全運転につながり、実際勝つことになるのです。

 そこで私は「日本人が何事にもゆずりあう気持ちを持っているんだ」と思っていました。
でも、日本に住む時間が長くなるにつれて、実はそうではない気がしました。むしろ正反対になるかもしれません。
私はアルバイトとして塾で小学生に数学を教えています。私が教えた子供たちには負けず嫌いな子がとても多いです。
みんなは難題に立ち向かって戦い、成績上位を争っています。
決してゆずりあいの光景を見えないのです。
私は何回も学術会議を参加したことがあります。
学会では、研究結果に対するさまざまな意見や考え方が述べられて、常にけんかしているかと思うほどの議論が進んでいます。
その際にも、「私の研究は間違っている。あなたの方が正しい」という、簡単に妥協したゆずりあいは一切見られませんでした。
「どうして?どうして普段謙遜でゆずりあう気持ちをもった日本人は突然負けず嫌いになったの?」と、自分に問いました。
実は、日本人は「あきらめない、がんばれ」という精神力を非常に大切にしています。
資源が有限である島国に住んでいることから、いつも危機感を持ち、「勝ちぬく」といった垣根心や裁き心が潜んでいます。
だから、日本人は「かちたい」という気持ちが誰よりも強いのではないかと思います。
つまり、日本人は「ゆずりあう」と「勝ち抜く」二つの気持ちを持っているわけです。
でも、日本人の心はこのように矛盾になっているのでしょうか。

 5年間日本で留学するおかげで、日本の先進技術を学んだとともに日本人のこともよく理解できるようになりました。
勝つことは結果的なものです。
過程には勝ちであっても負けであってもかまいません。
日本人のゆずり合いは、むしろ過程で負けても、結果で勝つ方がいいと思っているからです。
勝つことばかりを考えて、自分さえよければいい、自分が勝てばいい、人のものでも取ってしまえばいいといった自己愛的な生き方は、お互いに苦しめ合って地獄をつくり、不幸になるだけだと思っているからです。
他人が勝って喜ぶ姿を見て「良かったですね」と言ってあげられるくらいの余裕とおおらかな心をもつことが自分の勝利につながる大切なものだと思っているからです。

 去年、中国で行われた女子ワールドカップ日本対ドイツの試合の時のことでした。
中国の観客は試合中ずっと日本チームにブーイングを浴びせていました。
結局、日本はドイツに負けてワールドカップの旅がそこで終わりました。
しかし試合終了後、中国人のあまりにも偏った応援の中で試合をした日本チームのメンバーは、観客に向かって横断幕を掲げました。
そこには、「ありがとう CHINA」と書かれていました。
そして深々と頭を下げました。
中国の観客は一瞬驚きましたが、ようやく日本チームに大きな拍手を送っていました。私はその場面を見て非常に感動しました。
日中友好の念願に応えたと共に、日本人の賢さ、素晴らしさにも感心しました。これはまさに日本人のゆずりあいの精神から導かれた勝ちではないでしょうか。
これはまさに日本人の「負けて勝つ」という生き方ではないでしょうか。

 私はこれから就職活動に取り掛かります。
再来年の4月から日本の会社に働くことにします。
日本社会はいままでの学校生活と違って、先に厳しい挑戦がいっぱいあります。
困難に立ち向かって乗り越えるために、豊富な知識を生かして必死に努力することはもちろん大切ですけれども、どうしても失敗して悔しい時もいらいらせずに、自信を持ってゆずる精神を持ちたいと思います。
なぜなら、世の中は勝って勝つことだけではなく、負けて勝つこともあるからです。
一時負けた感じでつらいかもしれないですが、新たな展開が開かれ、いよいよ勝利の世界にたどり着けるのではないかと思うのです。


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