嘆賞(1)(2)
 ソネツ ナージャ
Sonets Nadya 
 鷺は日本中にいる見慣れた鳥です。
けれども北国の人にとって、とても不思議な鳥かも知れません。
ロシアではありとあらゆる種類の鷺がいますが、田舎の方面へよく行っても、私は鷺を一回しか見たことがありません。
湿地帯のわきの小さな池の中にあった石の上で茶色かだいだい色かのたった一つの鷺がじっと動かず立っていました。
その時、非常に東洋的眺めだと思いました。
その鷺は誰か人間がいることにすぐ気がついて飛び立ちました。

 日本の鷺とはじめて出会ったのは、日本絵画展覧会の時です。
「六百年日本画歴史」という展覧会は、まさしく日本絵画六百年の流れを組むすてきな展覧会でした。
それは、サンクトペテルブルクにあるエルミタージュ博物館ではじめて行われたものでした。
数々のすばらしい作品の中で、八十一才の尾形乾山によって描かれた四季花鳥図屏風がありました。
その屏風は、四季の植物と組み合わせてたくさん白鷺を表わした画面で、思わず見とれてしまいました。
落款(3)に「京都生れことを誇にしている」と乾山が書いた作品です。
その時は、京都にいつか来るとは全く想像もつきませんでした。
その後六ヵ月経って、私は京都大学の留学生になりました。

 最初に日本に在留した一年間では、花鳥風月のことを全く知りませんでしたが、京都の自然は魅力的だと感じました。

 数年があっという間に過ぎて、去年十月、ふたたび京都に戻ってきました。
今回の留学の目的は、西欧では少しわざとらしくて象徴的に見られる日本花鳥画のモチーフ、あるいは植物と鳥を実見するためです。
宿舎の近い所にある鷺森神社では、一羽の鷺を見る機がなかなかありませんでした。
『鷺はどこにいるかしら』と心配をしました。
ある日の夜中に川端橋を渡っている時、だいぶ浅くなった川の中に何か生き物がいるのに気づきました。
目が慣れてくると、頸が短い五位鷺(4)がまじめにごちそうを探しに来ました。
醍醐天皇がこの鳥に五位の位を授けたという故事を思い出しました。

 十一月はとても良い天候にめぐまれました。
日本美術の本物を毎日見に行ったり、また夕方まで智積院の障壁画をゆっくり見学しながら大書院ですわって見事なことで知られる庭を眺めました。
他の見学者はひとりもいません。
私はひとりぼっちだったのに、なぜか誰かにじっと見られる気がしました

 それは、水草に姿を隠していたりっぱな青鷺(5)でした。
人間のことはいやじゃないのでしょうか。
でも、青鷺が池の石作りの橋に飛び移り、橋の中を行ったり来たりしはじめました。
大きな青鷺と紅葉は、秋の花鳥画のような景色になりました。

 次の見学者が来て、青鷺はすぐ飛び立ちました。
この日、日本の住まいの外室と内室の空間を実際に味わうことができました。

 それから、鷺はよく会う鳥になりました。
毎月、鷺とかならず大事な出会いがありました。

 十二月に京都博物館で円山応挙が描いた蓮花白鷺という水墨画の掛け軸を鑑賞しながら、最近、カタログにあまり見られない掛け軸の表具の美しさがわかってきました。

 正月、涸れた河原の中に、片脚で立って、いつまでも動かない冬の鷺の姿は美しくも哀れでした。

 二月のはじめには、雪の中で鷺の踊りを見て、鷺の精が踊るという能の「鷺娘」の意味がはじめてわかりました

 三月は、曼殊院で烏と白鷺のけんかを偶然目撃しましたが、鷺を烏ということわざ(6)にもあるとおり生き生きとした場面でした。

 四月には、出町柳のあたりで、多種多様の鳥を見かける時期ですが、柳に白鷺、松に五位鷺、満開の桜に大中鷺の景色は、絵のように美しい見物です。

 涼しい五月のはじまりには、動物園を通りぬけながら東山の方面に向かって噴水があるところに十四羽の青鷺が急に集まってきて、それと新緑で青々とした東山と組み合わせたら、すばらしい光景になりました。

 ほとんど六月に近いころ、兵庫県にある大乗寺、いわゆる応挙寺への待ちに待った見学の時は、日本海をはじめて見るのをずっと楽しみにしていました。
朝七時くらいにとった海の写真の中に、一羽の青鷺の姿がありました。

 七月にも、鷺と関係がある祇園祭の鷺踊と出会った月でした。
それから、涼を求め、大徳寺の深い日陰で芦に鷺という屏風を発見しました。
画面に描かれた芦が茂っているたたずむ三羽の白鷺の表情は、とても愛らしいでした。

 植物園でハスのピンクの花が咲く八月がはじまりました。
冬に見た蓮花白鷺という掛け軸を思い出し、ハスの池のそばにあるあずま屋にすわって、白鷺を待ちぼうけました。
帰り道に思いがけず鷺草に出会ったことも楽しいものでした。

 九月、ある夕方に賀茂川で五位鷺と青鷺とさまざまな白鷺が集まっているのを見て感動を覚えました。

 十月にベッドタウンへ引っ越しをしながら、もう鷺と会えないのかと残念に思いました。
ある日の涼しい朝に早起きして、近くに偶然池を見つけ、そこにたたずむ鷺と鵜のおなじみの姿を見て、だいぶ心が落ち着きました。

 留学一年間は、そろそろ終わりに近づきました。
ほとんど毎日、日本美術を自然に研究され楽しむことができるとても良い一年でした。

 日本の鷺との出会いのおかげで、私の美的感覚を呼び起こし、東洋美術の理解を深めて、眼の鋭さを伸ばせたと思います。

編集者による注記

(1)
鷺:さぎ
代表的なダイサギ(シラサギの一種) 本文に戻る
(2)
嘆賞:
たんしょう
感心してほめたたえること。賞嘆と同意 本文に戻る
(3)
落款:
らっかん
書画用の署名印、雅号の印 本文に戻る
(4)
五位鷺:
ごいさぎ
ゴイサギは、昼間は林の中でじっとしていて、夕方から川や池へ出かけていって魚を捕る夜行性のサギの仲間です。
同じ仲間のシラサギの、あの白さにくらべると、ずんぐりした体、黒い頭、灰色のつばさと尾ーあまりカッコよくありません。
このサギがなぜゴイ(五位)サギになったかの由来は、平家物語の中にあります。
ときの天皇、醍醐(だいご)天皇が、池にいたこのトリを見つけ、捕えるように家来に命令しました。
トリは、家来が近づいても逃げることなく、おとなしくつかまりました。天皇は、命令にさからわず神妙であると、ゴホウビに五位の位(くらい)を賜わり、それからサギは五位のサギ、ゴイサギになったというのです。
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(5)
青鷺:

あおさぎ
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(6)
鷺を烏に
ことわざ:「鷺を烏と言いくるめる
正しいことを正しくないように、
また、正しくないことを正しいかのように言い曲げる。
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