2005年外国人による日本語弁論大会 発表原稿
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日本でのちょっとした経験
−3.3センチの思いやり

オウ フク
中国
   「あの…うちの病院では耳鼻科はちょっと」 私が日本に来てから一年経ったある日のことでした。
耳の具合が悪いため、とある病院に電話をして耳鼻科があるかどうかを確かめました。
すると向こうからの返事は冒頭に出た「あの…うちの病院では耳鼻科はちょっと…」という答えでした。
私はそのとき病院側の返事に納得できませんでした。
なぜならば、耳鼻科は設置していればあるし、なければないので、ちょっとあるとか、一杯あるとかいうわけがありません。

病院の受付の方は、私が外国人だからからかっているのではないかと、「ちょっと」腹が立ちました。
 この行き違いは、私が「ちょっと」という言葉を「少しだけ」という風に理解していたから起こってしまったのです。
そして、私はそれまでの「ちょっと」に対する理解を疑問に思い辞書を調べてみました。
私は、中国人なので、まず漢字の説明を見ました。
するとそこに「一寸」(いっすん)と書いてありました。

私はなるほどと思いました。
これは長さの単位で、一寸イコール3 .3 センチのことだ、とわかったのです。
そして、日本人の電話のやりとりやこの他の色々な場面に使う「ちょっと待ってください」のちょっと(一寸)を3 .3 センチぐらい待てばいいんだと理解するようになりました。
そこから日本語が上達し、日本人とのコミュニケーションが増えるにしたがって、私は、日本人がこの「ちょっと」という言葉をよく使うことに気づきました。
「ちょっと聞きたいことがある」、「ちょっと失礼します」、「ちょっとそこまで」など、きりがありません。
 この「ちょっと」は日本人の言葉だけではなく行動にも表れています。
私は日本に来たばかりの時、日本の街や、道路の狭さに「ちょっと」びっくりしました。
しかし、こんなに狭い道路にこれほどたくさんの車、バイク、歩行者、自転車は通っているにもかかわらず、渋滞しないことに「もっと」びっくりしました。
車が自転車や歩行者に道を譲り、皆がお互いにちょっとの譲り合いで交通が渋滞せずに、順調に循環できています。
これこそは、3 .3 センチ一寸(いっすん)の譲り合いではないでしょうか。
日本人のコミュニケーションを道路に例えたらコミュニケーションの中の「ちょっと」という言葉は道路利用者のお互いの譲り合いだと思います。
日本人はコミュニケーションの中でも、行動の中でもお互いを譲り合う思いやりの心があるように思います。
 また、日本には一寸法師の昔話(むかしばなし)があります。
この一寸法師の一寸は「ちょっと」の漢字と同じですよね?一寸法師は小さいながら強いというイメージで今日(こんにち)まで伝わって来ました。
小さいと言えば、日本の電気製品のことを思い出します。
小さくて機能が良いという点で世界のトップレベルに入ります。
これも小さいわりに強いということではないでしょうか。
韓国のある学者は日本の電気製品のことを「縮み志向の文化」とも言っています。

しかし、私はこれを「思いやりの文化」と呼びたいのです。
中国の万里の長城は大きいですよね?中国の昔の人々はこれを創るのに苦労したのは間違いないです。
しかし、小さいものを創るにはもっと苦労するはずです。
日本人はなぜそんなに苦労してでも小さいものを創るのに拘るのでしょうか。
日常的に使う身の回りの製品でしたら小さく、軽くしたら、携帯に便利で使いやすいからだと思います。
日本の企業はお客さんのことを一番に考えているのです。
これは日本人の源にある困難に屈しない強い精神力、日本人の相手のことをよく考える「3 .3 センチ」の思いやりのこころの現れだと思います。

 日本語には「ちりも積もれば山となる」という諺があります。
勿論皆さんのご存知の通り小さいものもちょっとずつ集まれば大きなものになるという意味です。
このように日本人の一人一人が、コミュニケーション、行動と言える面でちょっとした気配り、ちょっとした譲り合いで日本社会全体の秩序という大きなものにつながり、仕事といった面では日本人一人一人の日々の「ちょっと」ずつの研究、「ちょっと」ずつの苦労や小さな努力の積み重ねが、日本の今日(こんにち)の発展を築き上げたのではないでしょうか。

 しかし最近それが「ちょっと」違ってきているようです。
私は日本に来てからずっと電車で通学しています。
たまに、駅のホームにタバコの吸殻やガムなどを捨てる若者を見かけます。
電車の中で小さく作られた機能のよい携帯電話で、耳が痛いほどの汚い言葉で電話する人にも遭います。
または、ニュースで親が子供を虐待する事件が絶えません。
この他、偽造キャッシュカード被害や偽札事件もよくテレビで放送されています。
こうした光景は、以前と比べると「ちょっと」ずつひどくなってきている感じがします。

これは日本人が3 .3 センチの思いやりの心を失ってきている証ではないでしょうか。
思いやりの心を失った人はひどいことをしてしまうのです。
現在日本人は、今までに貫いてきた3 .3 センチの「ちょっと」の思いやりの心を持ち続けるか失っていくかという分かれ道に立っています。
私は「ちょっと」そんな気がしてはならないのです。

この「ちょっと」という言葉は日本のこれまでと今後について「もっと」大きな意味合いがあるのではないでしょうか。
 私は外国人として第三者の立場から日本の皆さんに「生活のあらゆる面に息づいたこの「ちょっと」を見失わない



蛇足ながら編集者注:「1寸」は「3.03cm」です。

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